Not alone

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

八重の桜 総括

今更ながらですが、八重の桜を最終回まで見ました。
簡単にですが今までの感想も含めて書きます。

京都へ行ってから、八重さんの新しい生活が始まりますが、ここから話が何だか朝ドラっぽくなってしまって、脱落気味でした。
八重さんというのは、あくまで歴史の主役ではなくて脇役なんだと感じました。
それは覚馬さんにしても。
覚馬さんは、足が不自由で目が見えないというハンデを背負いながら、京都府議会、顧問と京都の町の近代化に貢献するわけですが、国の中枢には居ないわけで。
それは、会津藩出身ということで、国の中枢から会津の人間を排除しているということ。
だからなのか、大河ドラマという作品なのに、物語が小粒な感じがします。

また、覚馬さん家族のまるで昼ドラのような泥沼劇。
結局、覚馬さんは妻にした二人の女性と離れる運命だったんですね。
そのあたりから、会津のために懸命に尽くした男から、なんとも不甲斐ない男に落ちてしまって、魅力的と思えなくなってしまいました。
けど、みねの婚礼のとき。父親としての思いも感じられましたし、襄を失って喪失している八重さんに一喝する兄らしいところを見れて、半減していた魅力が回復しました(笑)

そして、最後。
明治後半に入り、日本は列強と対等になるため日清戦争を起こします。
富国強兵と戦争への道を突き進む。
それを後押しするかのようなマスメディア。
八重さんが茶室に同志社出身の教え子、徳富さんを招いた場面は現代に通じるものもあって考えさせられます。
結局、八重さんが危惧していたことになると思うと、人間は同じ過ちを繰り返してしまうのだろうかと思い、不甲斐なく思いました。

スポンサーサイト

八重の桜 第三十七回、三十八回

八重の桜、何とかしがみついてます。
今日、お昼の再放送で三十八回「西南戦争」を見ました。

私、小学生のときに「るろうに剣心」にハマっていたので、「西南戦争」から大久保利通への暗殺と聞くと、「ああ、るろ剣の時代に入っていくんだなぁ」って思ってました(笑)

それは、さておき。
三十七回は、熊本の英学校の問題児たちが同志社英学校へやってきます。
熊本から来た学生は、元々同志社にいた学生たちのレベルが低い、教育の内容が悪いと嘆願書を襄に出します。
学問とは何ぞや。ただ知識を手に入れるだけで良いのか。
襄は、そうではなく、人として育む場所でもあると。それが教育。
知識だけ手に入れ、頭でっかちの人間が、手に入れた知識を有意義に使うことができるのか。
色々考えさせられますね。
社会人になって気付いたのは、決して高学歴の人間が仕事ができるわけでは無いこと。
最高学府を出ているというのに、人と会話することができなかったり、心配りができなかったりと、残念な人を結構みているので。
襄は、100年以上も前から、教育とは何ぞやと説いていたんですね。
それが、今では受験戦争だったり、ゆとり教育だったり…と思うと悲しいばかりです。

そして、三十八回「西南戦争」
この戦争をきっかけで、完全に武士の時代が終わるんですよね。
明治新政府は、かつての武家の人間たちの扱いが下手だったのかもしれませんね。
武士としての誇り、刀を取り上げ、彼らの不満は募るばかりでしょう。
西洋の列強と対等になるためには、急激な近代化が必要だったわけですが、その近代化についていけない人間たちへの救済を考えることができなかった。
覚馬さんも、かつて勝海舟の下で出会った西郷さんを止められなかったとつらいでしょうね。
同じように新しい世界を夢見て描いていたというのに、その仲間がどんどん減っていく。
戦争の回というのは、やっぱり見ていてつらいですね。

八重の桜 第三十六回

なんだか、朝ドラみたいになってきた八重の桜。
感想を書くにも、腰が重い。
長かった会津戦争が終わり、重苦しい雰囲気が晴れたというのに、何でだろう?
思うに、私は八重さんみたいなタイプがあんまり好きじゃないのかもしれない。
覚馬さんも、以前より魅力的とは言えない。
やっぱり、うらさんのことがあるからかな。

魅力的と思える人物が物語りに居ないと、物語が面白くならない。
八重の桜は、今そんな感じです。

今週、キリスト教徒だということで学校を辞めなければならなかった八重さん。
これからは、夫について新しい文化をどんどん吸収していくんでしょう。
そんな中、八重さんと覚馬さんの母親である佐久さん。
彼女は、なんて柔軟なんでしょう。
八重さんのためにウェディングドレスを作ったり、会津から文化の違う京都での暮らしにも馴染んでいるようにみえます。
江戸時代の武家の奥様なのに、新しいことを受け入れられる。
山本家が刀の時代に砲術という新しい武器を得意とする家に嫁いだからなんでしょうかね。
佐久さん、懐が大きいなぁとつくづく思いました。

八重の桜 第三十五回

先週日曜は出かけていたため、リアルタイムで見ることはできず、ずるずると観ないまま一週間。
ようやく、先週の八重の桜を鑑賞。

京都で学校を作ろうとする襄にプロポーズされ、未だに心の中に尚之助さんがいる八重さんは、プロポーズに答えません。
そんな中、尚之助さんが病死したという知らせを聞いた八重さん。
気丈に振舞って仕事に戻っていましたけど、やはり心の中には尚之助さんと共に居たかったという後悔があったんでしょうね。
そんな八重さんの心の中を知っているのか、襄さんは八重さんをピクニックに誘う。
そこは、弟の三郎が戦死した場所。
どうしてこの場所に連れて来たのかと起こる八重さんだけれど、襄さんは悟す。
悲惨な過去にも目を向けなければ、前に進むことはできない。
深い言葉ですね。

八重さんにとっては、こんな襄さんに出会えたことが、本当に良かったんでしょうね。
先進的な考え方を持ち、八重さんの過去にも理解があって。

襄さんの学校作りは、宗教の問題やまたしても上層部の権力問題に妨害されているようですね。
覚馬さんが槇村に嘆願しにいっても、結局は敗戦国である会津出身の覚馬さんを蔑視しているようですし。

さて、明治に入って雰囲気が変わった八重の桜。
学校作りに力を注ぐ襄さんとそれを支えることになる八重さん。
なんだか、大河ドラマというよりは朝ドラテイストが濃くなったような…。

八重の桜 第三十四回

今週の八重の桜は、少女マンガみたいな展開(笑)
襄と八重さんとの井戸でのエピソードなんて、こそばゆい!

また、襄さんが覚馬さんに学校を建てたいと申し出る場面。
襄さんはアメリカ帰りでリアクションもアメリカンなので、嬉しくて思わず覚馬さんに抱きついちゃう(笑)
覚馬さんは体が不自由だし目が見えないので、完全に受身。
時栄さんの驚きっぷり。
おそらく、世の腐女子が狂喜乱舞していたに違いない場面(笑)

会津編はいつもピリピリしていたので、京都に移ってからがらりと雰囲気が変わり、八重の桜ってこんなドラマだったっけ?って思ってしまいます。
政治を握る人が変わるというのは、こういうことなんですかね。
明治になってからも、戊辰戦争や後に西南戦争があるので、争いがなくなったわけではないけれど、八重さんが京都で落ち着いてしまったので、そう感じるのかもしれませんね。
山本家に笑顔が戻っているし。

そして、八重さんが幸せになっていくのを見ているのはすごく楽しいけど、その影に尚之助さんのことがあるので苦しいですね。
尚之助さん、死亡フラグ立ちっぱなしだし。

八重の桜 第三十三回

八重さんが、寮監として働くようになってから、本当に活き活きとしていますね。
八重さんって、子供の頃からそうですけど、好奇心旺盛でじっとできない人ですね。
仕事を与えられると、最大限に働くことを生きがいにしているというか。

そして、明治の女性たち。
学ぶということに対して喜びを持っていること。
現代の日本人は学校に行くことが義務になってしまっているので、学ぶということに対して喜びを感じることは少ないですよね。
むしろ、私なんて社会人になってから学生のときにもっと勉強しておけば良かった、また時間があればもっと勉強できるのに、なんていう言い訳をしちゃっています(笑)
昔の人がすごいということではなくて、いかに現代が恵まれていて娯楽がいっぱいあるかということもあるのかもしれませんね。

また、今回のメインである尚之助さんとの再会。
会津にいた頃に比べてやつれた様子の尚之助さん。咳き込んでいるし、死亡フラブが立ちまくりですよ。
学才豊かな人なのにその才能を発揮することができないなんて、覚馬さんじゃないけど、嘆かわしい。
特に、新政府の面々。
幕府を倒し新政府を立ち上げ、廃藩置県を行い藩という縛りを無くしたはずなのに、結局は藩同士の争い。
国を良くしようというよりも先に、自分の利権のために動いているように感じてなりません。
時代が違えど結局、権力者の考えというのは変わらないのですね。

八重の桜 第三十二回

京都での生活が本格的に始まった今回。
やっぱり、覚馬さんの娘、みねが不憫でならなかった。
父親の覚馬さんと分かれたのはみねが赤ん坊の頃で、現代のような通信機器なく、写真も普及していなかった時代。
前回、覚馬さんと再開した八重さんやお母さんの佐久さんが感激し涙している中で、一人寂しそうにしていたみねが気になっていました。
みねにとっては、父親の覚馬さんの存在は実体のないものだったのかな。
だからこそ、母親のうらさんの存在は大きく、うらさんと分かればかりであり、しかも父親の新しい妻が居て。
現代だったら、非行に走りそうな環境ですよ;;
それでも、覚馬さんの後妻・時栄さんがよく出来た女性で(今のところ;;)
最後には家族全員で食事できていて、本当に良かった。

そして、八重さん。
八重さんも新しいことに挑戦ですね。
今まで武力で新しい道を切り開いてきたけれど、これからは武力ではなく学問だと。
覚馬さんにとっては、薩摩に捕らえられ、無力な状態で出来たことは、自分の頭で新しい世界を考えること。
牢屋の中で思っていた故郷、会津への思い。
八重さんも覚馬さんの真意がわかり、兄妹の仲がより深まって、ほっとしました。
ただ、うらさんへの思いは…というのもあります。
うらさんの着物を用意していた覚馬さん。
もし、うらさんが京都に来ていたら、うらさんや時栄さんの立場はどうなっていたのでしょう。
色々と複雑なことになっていたでしょうけど、覚馬さんはそこまで考えていたのかな?

そして、覚馬さんを背負う八重さん。
本当に軽々と背負っていますね。
綾瀬さんって意外と力持ち?

八重の桜 第三十一回

今回の八重の桜は誰の視点で見るかで、随分見方が違いますね。
お母さんの佐久さんとしてみれば、山本家断絶かと思われていた中で、覚馬さんが生きていたことが嬉しい。
でも、八重さんやうらさんの視点で見ると、9年もずっと待っていたうらさんを裏切って若い娘との間に子供がいる覚馬さんを許せない。

覚馬さんは、目が見えなくなり、体も不自由になった状態で会津藩のことを知って絶望していた中で世話になった若い娘に対しての恩もあっただろうと思うけれど、やっぱり現代の女性視点で見ると、酷いよなぁって思う。
いくら音信不通だからとはいえね…。
きっと、覚馬さんに対する好感度は今回でガタ落ちなのかも。
次回からの活躍(?)で挽回できるのかな?
覚馬さんの心情もまだわからないしね。

そして、うらさん。
これから会津で一人どうやって暮らしていくのだろうか。
あの時代、女一人で子供を育てるのは今以上に大変だろうから、みねは覚馬さんの元にやるのはわかるけれど、うらさんが不憫でならない。
9年も会っていなかった夫婦。
京都に行くと、恨んだり憎んだりするだろうから、その姿を娘に見せたくないと言っていたうらさん。
真面目すぎるうらさん。うらさんにもこれから先に良い出会いがあると良いのだけれど。

そして、八重さんも離縁ですね。
今のところ、八重さんには突然離縁状を送られて、ショックを受けていますが、それも尚之助さんの最後の優しさなんですよね。

さて次回は、覚馬さんがどんな言い訳をするか楽しみです(笑)

八重の桜 第三十回

明治に入りましたね。
会津の方々にとっては苦しい新時代の始まりですね。

容保親子の変わりに敗戦の責任を取った家老・萱野権兵衛が斬首。
私、萱野権兵衛を演じた柳沢慎吾さんって「あばよっ」とおちゃらけたイメージしか持っていませんでしたが(笑)
こんなにも真剣な表情で演技ができる人なんだって知りました(上から目線ですね)

そして、八重さんたち。
今まで武家の家ということで商いをするなんてことはなかったのに、食べるものも精一杯な暮らしとは。
負けるというのはこういうことなんですね。
うらさんが、染めた糸を洗う音。憎しみがこもっているようで、怖かった。
来週は、もっとうらさんが怖くなるのだろうか。
だってね、来週八重さんが覚馬さんの生存を知る喜ばしいニュースがある一方、うらさんは裏切られた思いがするでしょうしね。
何だか複雑ですが、覚馬さんと八重さんとの再会が待ち遠しい。

八重の桜 第二十九回

ようやく終わった会津戦争。
戦争が終わり、これから先どうなるのか、そういう不安の中でも城を掃除してから明け渡す会津藩の女性たち。誇り高いですね。

山本家はお父さんが亡くなり、尚之助さんも新政府に取られ、女子だけが残されて。
八重さんが居るから、きっと大丈夫だろうけど、あのお母さんは大丈夫だろうか。環境の変化に最愛の人の死。
早く、覚馬さんが生存していることを知らせてあげたい。
そして、早く覚馬さんとの対面が見たい。

物語はようやく本題といったところなのかな。
元々、震災の後に東北の人たちを励ましたいという思いで作られた八重の桜。
何もなくなってしまった故郷から、再起を誓って逞しく生きる八重さんたち。
これからは希望の話が続くのでしょう。
楽しみになってきました!

八重の桜 第二十八回

今まで、八重さんが物語の中心という感じがしなかったので、ようやく、八重の桜というタイトルにふさわしい内容になってきましたね(笑)

八重さんが率先して鉄砲隊を率いて、不発弾の処理を容保に伝授してと、敗戦濃厚な会津戦争の中で、八重さんの働きはとても大きいものだなぁと思いました。
八重さんの盟友、竹子が志願して前線で戦い散っていきましたが、あの時代女性が前線に出るというのは、本当に珍しいことだったんでしょうね。
今でも、あまり無いことだし。
それだけ、会津という土地に育った人たちは、その土地への思い、国への思いが強いんでしょうね。
強いからこそ、最後まで戦い悲劇が生まれていく。
城から出た頼母の後姿が哀しい。

そして、京都の覚馬さん。
牢屋から出て、やっとまともな姿に!
覚馬さんのことを知り、岩倉具視が会いにきました。
この出会いが後々に大きなものになっていくんですね。

最近、沈んでいた八重の桜への興味も、また浮上し始めてきました。
やっぱり、大河ドラマは主役が中心になって話が進まないと面白くないですね。

八重の桜 第二十六回、二十七回

旅行に行っていたり、ちょっと仕事が忙しかったりして、二週分の感想を書くことになってしまいましたσ(^_^;
このまま行くと、フェードアウトしそうなので、慣れないですがスマフォから簡単に感想を。

会津戦争に入り、多くの命が犠牲になっていきます。
自決する感覚。
私には、理解しにくいです。
死んだら何もならないじゃないか。
例え、愛する家族を国を失ったとしても、生きてこそ、まだ何かできるのでは。
女子の場合、敵に捕まり辱めを受けるくらいならとあるかもしれませんが。

そして、振り上げた拳を下げるのは難しいですね。
戦いは、ほんの小さなきっかけでも始まるのに、終わらせるのはかなりの労力を必要とする。
頼母が必死に懇願しているのにね。
また、頼母は隠居させられるのか…。

覚馬さんは、すっかり出番がなくなっていましたが、明日の放送で少しはましな待遇になるのかな。
覚馬さんが思い描いた未来は、いつやってくるのか。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。